中国古書『小学』より
楊文公の家訓にいう。
『少年の学問は単なる記憶や暗誦だけではなく、その良知・良能を養わなければならないが、それには、先人の言が大切である。よって、古今を問わず、日日、歴史的事実をおぼえさせる。それには必ずまず孝弟・忠信・礼儀・廉恥など、徳性を養うに足る故事、たとえば、黄香が暑中に親の枕席を扇いで冷やしたこと、陸席が袁術の所に客となり、出された蜜柑を懐に入れ母に献じようとしたこと、楚の為艾が両頭の蛇を殺して陰徳を積んだこと、孔門の子路が親のために米を遠方から背負って来た話などを、世俗の物語のように、やさしく興味深く教えて、道理を理解させるのである。これを久しくやっていると、無理がなく、良知良能本来
の姿のままで、その徳性ができ上がるのである』
※解釈
●橘(たちばな)=みかん
●楚=国名
●陸席(りくせき)・袁術(おんじゅつ)・黄香(こうか)・為艾(いがい)=人の名前
※脇屋の一言と
小学校時代の勉強は、知識を身につけるだけではなく、本来の徳性(人柄)を磨くことを忘れてはならないと、譬えを示して教えたが上記の文である。
初に、黄香は「暑いときは、親の枕元をあおいで涼しい風をおくり、寒いときは身体で掛け布団を温めたと話している。
次には、陸席が六才のとき、袁術の家を訪ねて行ったとき、袁術が陸席に三個の蜜柑を出した。しかし、食べずに懐に入れて持って帰った。「お客に来て食べずに持ち帰るとはどうしたことか」とたずねると「彼は帰って母にやろうと思ったのです」と応えたので「感心した子供だ」と讃えたいう話。
また一つは、為艾が子供の頃、両頭の蛇に逢い、これを殺して埋めて家に帰って泣いていた。母がそのわけを聞くと「両頭の蛇を見た者は死ぬと聞いたので、母と別れるのはつらいから泣いている」と応えた「その蛇はどうしたのですか」と聞くと「他人がまた逢うといけないので殺して埋めた」と応えたので、母は「陰徳ある者には天は福をもって報いる。お前は死なずにすむだろう」と言った。
こんな話しを小学の時代に、機会あるたびに何回も何回も聞かせておくと、自然と、人としてのあるべき姿、いわゆる人間としての徳性、自己の人格が無理なく形成されてゆくものであると教えられている。
このようにして、学校での知識の詰め込みだけでなく、良知・良能を鍛えることを忘れてはならないことをこの文で学びたい。